宇宙人との結婚11年目
「わたしは性格も趣味も全く正反対のお父さんとお母さんがなぜ結婚をしたのか子供の時からずっと不思議でした」わたしが自分の結婚式で両親への手紙の冒頭に書いた文章である。
やれやれ、11年前の結婚式のDVDを幼い娘が出してきた。「パパとママの結婚式見たいー」と無邪気に言う。夫もちょっと嬉しそうに「久しぶりに見よか」とか言って、今実家へ向かう車の中で再生が始まった。わたしは自分の映像なんぞできれば見たくない。なんか苦手なのだ。こっ恥ずかしくって。
11年前もそうだった。結婚式にビデオ撮影いらんでしょ、写真だけで十分と言ったが、夫は絶対いると言い張った。夫は思い出を残すのが好きらしい。わたしにはその気持ちがさっぱりわからない。
披露宴も終盤になり、クライマックス、両親への手紙を読むシーンだ。BGMはミスチルの「糸」 夫が選んだ泣かせる気満々の曲だ。わたしは自分の手紙のシーンを見たくなくて、後部座席で寝たフリをした。
両親への手紙だってそうだ。何もみんなの前でわざわざ手紙読まなくてよくない?と当時から思っていた。感謝の気持ちはもちろんあるよ。でもあえてそういう演出いる?と。夫はそりゃいるでしょ、の一点張り。だから仕方なしにやったのだ。
とは言っても、式の前夜にひとりで手紙を書き出すと、あれやこれや両親のこと、家族とのエピソードを思い出してきて、泣きながらに書いたのだ。小さい頃から実は結構感受性が強い。でもそれを外には出したくない。明日の結婚式で泣き崩れてしまったらどうしよう、と心配した。しかしなんてことはない、わたしに限って人前で泣くことなんてない。昨晩ひとりで号泣しながら書いた両親への手紙は無事淡々と読んだのだった。涙一滴も流さずに。
あの日以来、手紙を見返したことも映像で見たこともない。
「わたしは性格も趣味も全く正反対のお父さんとお母さんがなぜ結婚をしたのか子供の時からずっと不思議でした」宴会場の身内一同がクスリと笑う。「でも、仕事一筋のお父さんと家庭一筋のお母さんはお互いに支え合って、こんな温かい家族を作り上げてくれたんだなということが今ではわかります」
後部座席で寝るつもりがちっとも眠れず、目をつむりながら結局最後まで聞いてしまった。11年前の自分の声。必死にクールを装いながらも、そこにはこれまで一緒に暮らしてきた家族全員への愛が溢れていた。我ながら思う。なんていい手紙なんだと。過去の自分が書いた手紙に思わず感動してしまってる自分に苦笑する。
披露宴の最後に、今度は夫からの挨拶。「どんなときもやさしい気持ちを忘れずに協力し合っていこうと思います」完璧に暗記された自信満々のスピーチだった。
出た! 「やさしい」という言葉。そういえば結婚当時夫がよく言ってた。「やさしさが一番」と。何!? そのベタな言葉、とわたしはちょっと馬鹿にしてたもんだ。
いやしかし、なぜか今じわっと染み渡るものがある。
私たち夫婦は実に気が合わない。好きな食べ物も行きたい場所も面白かった映画も仕事のスタイルも、何一つとて意気投合したことがない。正反対とはこのことだ。
結婚した当時は喧嘩もした。全く話が噛み合わなくて、焼肉屋で肉を投げつけて先に帰ったこともある。朝まで話し合いをしたけども平行線のままクタクタに疲れてしまったこともしばしば。
今では腹立つことなんてそうそうなくて、むしろ面白くなってきた。お互い宇宙人と生活をしてるようなものなのだ。宇宙人だからいつまでたっても分かり合えることなんてない。「ママ、おもしろいよねー」「パパ変わってるよねー」と子供相手にネタにしている。
その代わり、わたしができないことは夫がうまくできるし、その逆もしかり。夫はわたしが脱ぎ散らかした服を何も言わずに片付けてくれるし、わたしは夫のパソコンをちょちょいのちょいで設定する。夫婦とは、うまいことできてるもんだ。
11年の間、平和な我が家にもそれなりに事件が起こった。大切な家族を亡くしたり、子供が生まれたり、病気になったり、転職したり。いいことも悪いことも。どんなときも隣に夫がいた。
「今日ちょっとしゃべる時間ある?」帰宅した夫にそう言うのは、特別に聞いて欲しいことがある時だ。仕事ですんごい腹がたったとか、泣きたいくらい悲しかったとか、なんかモヤモヤするとか、飛び上がるくらいいいことがあったとか。わたしはなかなか外では感情を出せないけれど、夫の前では素直になれる。夫はただ黙って聴いてる。夫からは気の利いた答えなんか出てきたことがない。だけど答えなんかいらないのだ。ただ聞いてくれるだけでいい。
そう、確かに、お互い「やさしい」気持ちがあればそれでいいのかもしれない。結論ベタで申し訳ないが。性格も趣味も全く違うけれども、それでもうまくやっていけるのだ。両親がそうやって最高の家族を作ってくれたように、わたし達もふたりで支え合って補い合って、新しい家族を育てている。今、結婚式の映像を改めて見て、11年分のふたりで過ごした歴史と11年分の夫のやさしさを身に染みて感じたのだった。
「パパとママはなんで結婚したの?」心から不思議そうに幼い娘が言う。そのうちわかるわ、と心の中でつぶやいた。
「な、たまに結婚式のDVD見るのもいいでしょ。初心に返るでしょ?」と得意げに夫は笑った。ま、確かに悪くないかも。そう思いながらまだわたしは寝たふりをしている。