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真っ黄っ黄の壁に命を救われた話

5年前の穏やかな春の日、わたしは死ぬかと思うほどの激痛に襲われた。初めはぎっくり腰かなぐらいに思っていた。近所の整形外科でレントゲンを撮ってもらい、その待合室で動けなくなる。体の中からマグマのように腰に痛みが襲ってくる。気絶するかと思うほどの痛み。いや、気絶したいわ、というほどの痛み。もっとも、今となってはもう覚えていない。想像を絶するほどの痛みというのは忘れるのだ。とにかく痛かったということだけは覚えてる。待合室で痛み止めを飲ませてもらって、総合病院に行ってください、と言われた。徒歩5分のところに総合病院がある。えっ?救急車呼んでくれないの? 「いやいや歩いていくのは無理です。タクシー呼んでください」冷や汗をかきながら、声をしぼった。
 
タクシーに乗ってる時間おそらく2分ほどだったと思う。これ級の痛みは多分経験したことがある。陣痛だ。でも陣痛とは決定的に違うことがあった。陣痛はこれを乗り越えたら赤ちゃんにやっと出会えるという明るい未来がすぐそこに見えてる。この痛みは一体なんなんだ。だれ、わたしの腰をハンマーで殴ってるやつは。なにか悪いことしたか。絶対ぎっくり腰なわけがない。痛み止めも一向に効かない。不安と恐怖が痛みとともに襲ってくる。
 
病院に着いた。体温を計ると40度近くある。「待合室で座ってられません、どこか寝かせてもらえませんか」自分の体がやばいことになってるんじゃないかという恐怖で頭が熱いような寒いような、クラクラする。「ここに寝てちょっと待っていてね」そう言って連れて行かれたのは、救急外来だった。しがみつくようにベッドに這いずり上がって、海老のようにうずくまった。その時にパッと目に入ってきたのだ。
 
体のすぐ横に黄色い壁があった。それが、一切曇りけのない、原色の真っ黄っ黄。点滴棒や怖そうな医療機器がたくさん並ぶ部屋に壁一面まぶしいくらいの黄色がそびえたっていた。
 
なぜか黄色に応援されてると思った。頭のてっぺんから足の先までゾクゾクする恐怖、もう私だめなんじゃないかと思える激痛と不安、震え上がってガチガチだったわたしに大きく温かい太陽が包み込んで、もう大丈夫だよと和ませてくれてるようだった。
 
へー黄色ってこんな効果があるのか、元気になったらネタにしてやろう。頭のどこかでそんなことを思えるほどの余裕が生まれたのだ。それからまもなく女神のような女医さんが現れて、「しんどかったね」と声をかけてくれた。黄色の壁に反射され、女神はキラキラ輝いて見えた。その日一日黄色い壁の部屋にいた。救急車が何台も到着する。ピーピー、ザーザー冷たい機械の音や、スタッフの忙しそうな足音、無機質な白い天井。ここは病院か……わたしはきっとなんかの病気なんだろう。えらいことになってしまった。だけども、黄色い壁をぼんやり見てるだけで不思議と落ち着くことができた。
 
検査の結果、激痛の原因は菌が血流をめぐり、脊椎が化膿する化膿性脊椎炎という病気だった。幸い命に別状はなく、3週間ほどの入院で完治した。すばらしい病院だった。医師やスタッフの対応はもちろんのこと、空間がおもてなしをしてくれてるようだった。CT検査のために天井を見上げると、そこには森林の写真クロスが貼られていた。病棟のあちこちには動物モチーフのかわいいアートが飾られていた。患者の緊張をほぐし、ホッとできるような仕掛けがあちこちに設えられていた。
 
すっかり回復してからもう一度、経過観察であの黄色の壁の部屋に入る機会があった。近くにいた看護師さんに「あの壁の色すごいですよね」って言うと、「なんかねー毎日ここにいるけど落ち着かないんよねー」と苦笑いで返事が返ってきた。確かに、元気になってから見ると全く落ち着かないのだ。むしろ気が錯乱してしまいそうな黄色だ。そうか、病人にしか効き目がないのか。「わたしはあのとき、あの黄色に助けられたんですよ」と心の中でつぶやいた。
 
わたしの職業は建築士だ。今まであんなドギツイ色を壁に塗ったことはないし、建築雑誌であんな壁を見たら、なんて趣味の悪い……と内心思っていただろう。だけども、救急でやってきた不安で仕方ない重病の患者には、あの黄色はビタミンのような栄養剤となるということを体感したのだ。色は時に薬になる。
 
わたしはこれまでエンドユーザーのことをそこまで考えてデザインできていただろうか。なんとなくの経験と流行をたよりに、無難なかっこよさで置きにいってなかっただろうか。そう自問自答した。
 
そのことがきっかけになって色の勉強をし、わたしはカラーデザイナーになった。意識してみると起きた瞬間から目を閉じるまでいろんな色が目に飛び込んでくる。穏やかな気持ちになれる色、勉強がはかどる色、やる気が出る色、色は心に深く作用するのだ。人によって落ち着く色というのは違うし、シチュエーションによっても大きく変わる。わたしはその人がその空間にいる姿をありありと想像するところからデザインを始める。似たようなグレーのクロスサンプルを何十枚と並べて、ああでもないこうでもないと毎日考え続ける。赤みのグレー、黄みのグレー、青みのグレー、あの人を一番落ち着かせるのはどの色だろう。
 
デザインをしているとついついひとりよがりになってしまう。自分の好みを提案したくなる。いや、違う。主人公はその場にいる人、わたしではない。主観が入り過ぎてしまってるなと気づいたら、時々呪文のように心のなかで唱える。「黄色い壁、黄色い壁」と。あの海老のようにうずくまりながらも生きる光を感じた自分の姿を思い出しながら。

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