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ここはただのおしゃれカフェじゃなかったのだ

今日は月曜日、ライティングゼミの課題を出す日だ。
毎週の如く、うんうん言いながら、産みの苦しみを味わっている。
私はいつものカフェにいる。
今日は雨降りで家に帰ろうかと思ったが、やっぱりここに寄っていくことにした。
 
黒い細いスチールの額縁が、その向こうの京都御所の石垣と茂った緑を絵画のように切り取っている。
京都らしい、昔からある柱だけを残して、一切無駄がなくモダンに改装されたお店。
モルタルの床に銅板でできたカウンター、温かみのある木の羽目板でできた壁。
ここのインテリア好きだなぁ。
 
ソーシャルディスタンスを取るために再配置された席で、私はいつもとは違うアングルからこのお店の眺めにいつも以上にうっとりしながら、パソコンのキーボードを叩いていた。
今、子育てについて半分くらい書き終えたところだ。
 
男前の店長がいつものようににこやかにわたしの所へやってきた。
 
「こんにちはー」
そう、近すぎず遠すぎず、さりげなく声をかけてくれるところも好きなのだ。
「実はいつも来てくださるお客様にだけ先にお伝えしてるんですが……」
ん? いつもより少し近い距離で話が続く。
「実は……今月末で閉店することになりまして……」
 
えー! 絶句した。
「えー、わたし、ここ気に入ってたんです、困ります! えー、残念です……」
そんなしょうもない言葉しか出てこなかった。
 
今、私はそのカフェでここにしかない空気を最後に味わうべく、えーい、さっきまで書いていた子育ての話は全削除。
予定変更だ。
 
「今日はこれ、食べていってください」とサービスで出してくれた小豆のワッフルを食べながら、これを書いている。
お代わりのホットコーヒーも頼んだ。
 
コロナで外出自粛の2ヶ月間、このカフェに来られないことがものすごく寂しかった。
週に1度、ここに来ることが私のリセットだったということにその時初めて気づいた。
 
家でも職場でもない場所。
 
家でご飯が作りたくない気分の時は、一人でランチにきた。
仕事中気分転換をしたいと思った時は、ここにパソコンを持ち込んだ。
新しいアイデアが欲しいと思った時も。
なにも考えたくない時も。
 
手帳を開いて今度の休みの旅行計画を立てたり、10年後のでっかい夢を書いてみたり、朝喧嘩した夫にごめんねのメールを送ったりもした。
週に1度、自分にとっての大切な場所だったのだ。
 
外出自粛が解除になってすぐにここに戻ってきた。
やっぱりここは落ち着く。
「おかえりなさい」そう言ってもらえてる気がしていた。
 
私は、インテリアデザインの仕事をしている。
半年ほど前、他県のカフェの設計をした。
そうそう、私にとって週に1度ここがあるように、私が設計したカフェもそんな風になればいいなと思って、何度もここに足を運んだのだ。
 
女性が週に1度、自分に戻れる場所。
 
デザインのテイストは違うけれども、ここの空気感をうつしとれればなと密かに思っていたのだ。
座席から見える景色や、人の動きや、照明の当たり具合、壁の明度、私が心地いいと感じるものの正体はなんなのか、席に座りながら、ボーッと長時間観察させてもらったのだった。
 
そんなことを次々と思い出す。
 
お洒落で、美味しいご飯が食べられるカフェ。
どうやらそれだけではなかったようだ。
 
なんなんだろう、この虚無感は。
大声をあげて泣くほどじゃないんだけど、心に穴がぽっかり空いてしまったようだ。
そうだ、あの時の感覚に似ている。
 
少し前、私はうっかり時計を失くしてしまった。
12年前、結婚の記念にと母親に買ってもらったものだった。
母親が持ってるのと同じブランドのデザイン違いで、毎年お正月に交換して使おうと約束したのだった。
 
料理をするときにキッチンで外したはずが、どこを探してもない。
ゴミ箱の中を片っ端からあさったけどない。
子供のおもちゃ箱を全部ひっくり返したけど、ないのだ。
まるで神隠しのように。
 
どこかの引き出しを開けるたびに、期待と落胆。
朝目が覚めて、そうだ私時計失くしたんだったと思うたびにがっかりした。
できることなら時間を戻したかった。
 
なんで大切にできなかったんだろう。
母親と一緒に選んだ時計、あれは香港でトランジットした時の空港の免税店だった。
そういえば、あれはおじいちゃんと最後に行った旅行だったな。
今までただのちょっと高価な時計だと思っていたのに、次から次へと思い出が思い浮かんでくるのである。
 
ぽっかり穴が空いてしまった心を埋めるように、もう諦めよう、頭ではそう思うのだけど、簡単にはいかない。
 
今、カフェの心地よいBGMを聴きながら、キーボードを打ってる私の気持ちは、その時に似てる。
 
ちなみに、その時計は後日思わぬところから出てきたのだ。
その時の私の満たされようったらなかった。
しばらく会えなかった我が子を抱きしめるみたいに、時計の帰りを静かに喜んだ。
 
でも、閉店が決まってしまったカフェは多分戻ってこないだろう。
「この場所だけはこのまま残ります。運営のことはまだ決まってません」
さっき、店長がそう言っていた。
 
このご時世だ、仕方ないことかもしれない。
そんな簡単にあきらめないでよ、店長にそう言いたくても、わたしにはどうすることもできない。
いいお店がなくなっていく、そんな時代を恨んだってしょうがない。
 
だけどさ、これから私の週に1度のカフェタイムはどうすりゃいいのだ。
これから、毎週月曜日どこで文章を書けというのだ。
 
カフェなんて、星の数ほどあるのかもしれない。
でも、私にとってのこの場所は、ここにしかないものだったんだ。
失くなると聞いて初めて気づいたのだ。
 
今までありがとう。
 
そう言って、せめてこの文章を店長に手渡して帰りたいくらいだけど、そういうんじゃない。
近すぎず、遠すぎず。
最後までその距離を保ったまま、私はぽっかりと心に穴を開けたまま、家路に着くのだろう。
 
今日ここに寄ってよかったよ。
最後にこの文章をここで書けてよかった。
くやしいけども、このままパソコンを閉じよう。

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